ジャズサンビスタス
1964
RGE
Tenório Jr.と書いてテノーリオ・ジュニオールと読む。いかにもブラジルといった感じの名前ですね。で、このTenório Jr.ほど謎めいたミュージシャンは他にいないというか、もうほとんど伝説的なピアニストです。いくつかの重要なジャズサンバセッションに参加し同シーンの中心的人物として活躍を期待された矢先、アルゼンチンへの演奏旅行中に不穏分子として同政府によって消されてしまったとのこと。本作は、そんなTenório Jr.による、現在入手できる唯一のリーダー作で、噂ではトリオで吹き込まれた作品も一枚あるらしいです。
アメリカのジャズピアニストHorace Silverの"Blowin' The Blues Away"を髣髴とさせるジャケット(ピアノを弾く後姿を描いたイラスト)が目を引く本作は、Airto Moreiraを擁するSambalanço Trioの1st、Manfredo Festの3枚目などとともに頻繁にリイシューされることから、ジャズサンバを代表する作品とされ、非常に人気が高い一枚です。ジャズサンバというと、先述したSambalanço Trio、Manfredo FestTrio、Bossa Três、Tamba Trio等々とピアノ、ベース、ドラムというトリオ編成を連想しがちですが、本作はホーンセクションを積極的に導入しており、ブラジリアンジャズミュージシャンの管楽器ソロを聴くことができます。全体の雰囲気も普段から活動しているレギュラーバンドというよりは、どことなくセッションを思い浮かばせるようなくつろいだ内容となっているように感じます。
アルバムはTenório Jr.自身のオリジナル'Embalo'で幕を開けます。トロンボーン、アルトサックス、トランペット、テナーサックスと短くソロを回した後、キメのフレーズで一度ブレイク、矢継ぎ早にTenório Jr.のピアノソロが続き、戻りテーマ。2曲目'Inútil Paisagen'はTom JobimとAloysio de Oliveiraによるミディアムボッサ。ちょっとしたイントロに続いてTenório Jr.自身が叙情的にテーマを演奏。トランペットが寄り添ったり離れたりしながらバッキングします。2コーラスで淡白に終了。トリオで演奏される'Nebulosa'はTenório Jr.自身のオリジナル。全体的にはAABAフォームで、コロコロした音色で演奏される短調のAメロとリズミックで威勢の良いBメロが対比しています。2コーラス目のAAだけソロを展開しBメロから戻りテーマ。続く'Samadhi'もTenório Jr.によるオリジナルのミディアムボッサ。短いながらもトロンボーンソロがフューチャーされます。'Sambinha'は米国のジャズミュージシャンBud Shankによるマイナーサンバの小曲。バッキングにギターが加わり、テナーサックスが比較的長い時間ソロをとります。
という感じで、ここまではかなり淡白かつ素っ気ない感じで進んでいくため、これのどこがジャズサンバの最高傑作なのかと疑ってさえしてしまうのですが、しかしこのアルバムのキモはなんといってもトリオ編成による6曲目'Fim de Semana Em Eldorado'でしょう。実際、ただこの1曲によってジャズサンバの最高傑作と呼ぶに足る評価を得たといっても過言ではありません。邦題は「エルドラードでの週末」。作曲はブラジルジャズ界/ボッサノバ界の重鎮、Johnny Alf。しかし一度聴いたら絶対忘れられない冒頭の超強力なベースライン、疾走感溢れ激しくグルーヴするサンバのリズム、劇的なリズムチェンジと即興演奏、そしてソロ前のリズムアクセントを主眼としたセカンドテーマは全てTenório Jr.がアレンジした要素でありJohnny Alfのオリジナルバージョン(1961年発表の"Rapaz De Bem"に収録)では聴くことのできないものです。現代における本作"Embalo"の高評価は、こういった諸要素がジャズサンバを「再発見」した1990年代のイギリスのクラブシーンで圧倒的な人気をもって受け入れられたことによるものであるとも考えられます。
ワルツによるイントロから始まる'Nectar'はTenório Jr.作曲によるもの。テーマからは2/4拍子。ここでもトロンボーンのソロをフューチャーしています。'Clouds'はCannonball Adderleyがジャズボッサの名盤"Cannonball's Bossa Nova"で名演を残している美しい楽曲です。作曲はDuruval FerreiraとMauricio Einhornによる共作。アルトサックスとギターがソロをとっていて比較的満腹感のある演奏になっています。続く9曲目はブラジルを代表するギタリストBaden Powellが作曲したアフロサンバチューン'Consolação'。Tenório Jr.はじめ、数多くのジャズサンバコンボが取り上げているジャズサンバスタンダードです。ここではRubens Bassiniのパーカッションの熱いリズムの上でトロンボーンを前面に押し出したホーンセクションがテーマを演奏するアレンジになっています。'Estou Nessa Agora'はTenório Jr.作曲の小曲。短い演奏ですが、小洒落たメロディが強い印象を残します。ラストの'Carnaval Sem Assunto'はベースで参加しているJosé Antonio Alves(Zesinho Alves)のオリジナル。AABA形式、物憂いAメロとうら悲しいBメロがサウダージ(郷愁)感を醸し出します。
アルバム全体の完成度は正直、高くないと思います。ひとつは演奏形態に一貫性がないこと。そして淡白な演奏に終始した楽曲が多いことによるところが大きいと考えられます。そういった意味では、ジャズサンバの最高傑作という評価はいささか誇張され過ぎていると個人的には思うのですが、しかし'Fim de Semana Em Eldorado'はやはりジャズサンバ屈指の名演であり、ジャズサンバを語る上で決して避けては通れないものであることは否定しようもありません。この作品以上に完成度の高い作品はいくらでもありますが、'Fim de Semana Em Eldorado'以上に完璧に構築された演奏はないといってもいいでしょう。いずれにしてもジャズサンバの必聴盤であることは間違いありません。
(2003.10.15 ver.1.2/2009.08.10)