ジャズサンビスタス
1965.04
RGE
1960年代半ば、ブラジルにおいて興隆したジャズサンバムーヴメント。その一翼を担ったバンドのひとつ、マンフレッド・フェストの三作目が本作です。このピアノ、ウッドベース、ドラムというオーソドックスなピアノトリオのスタイルからなるマンフレッド・フェスト・トリオの身上は、2ビートのサンバを主体とした疾走感溢れるグルーヴ(バランソ)と綿密に構築されたアレンジにあります。
格調高いアルコ(弓弾き)とピアノのユニゾンで幕を開ける1曲目、'Reza'は、エドゥ・ロボによるブラジリアンスタンダード。この曲で聴ける緩急の激しいリズムチェンジがこのトリオの高いアンサンブル能力を象徴していると思われます。続く2曲目、'Quem É Homem Não Chora'は、マイナー調の高速ジャズサンバ。冒頭から吹き荒れる凄まじいグルーヴの嵐が聴く者を席巻します。マルコス・ヴァーリの代表曲、'Samba De Verão'(別名'Summer samba')も同様の水準。絶妙の位置で繰り出されるピアノとベースのユニゾンが小気味よい演奏です。圧巻は5曲目、'Estamos Aí'。イントロ部のピアノとベースの絡み、ピアノソロ後の20小節にわたるユニゾン、そして全編で聴かせてくれる圧倒的なジャズサンバのグルーヴ。このアルバムを象徴する一曲ではないでしょうか。
このアンサンブルの緻密さは、どうやらピアニストであるマンフレッド・フェストのもつデイヴ・ブルーベック、ジョージ・シェアリングといったアメリカのジャズメンからの影響、つまり言い換えれば即興演奏よりも編曲を聴かせることに重点を置いたウエストコーストジャズ(白人ジャズ)志向に由来するもののようです。個人的にいえばウエストコーストものはほとんど聴かないのですが、ここで聴かれるような要所要所にユニゾンを配したアンサンブルのカッコ良さには脱帽せざるを得ません。しかしそれはなにより、そのアレンジの効いたアンサンブルをバックでしっかり支えるリズム隊の技術の高さによるところが大きいのではないでしょうか。エクトル・グイ(ds)の叩き出す激しくも煌びやかなサンバのリズムと、豊かな音色を備えたマチアス・マットス(ba)の繰り出す疾走感溢れる2ビート。この2人によって生み出される圧倒的なグルーヴ感があってはじめてこのアレンジも活きてくるのだと考えられます。
6曲目、'Você'はエリス・ヘジーナの録音で知られるリラックスしたミディアムテンポのブラジリアンスタンダード。一息入れたところで7〜8曲目とキラーチューンを2発畳み掛けられ、憤死。7曲目、'Consolação'は荘厳なイントロから一変、2曲目と同様の高速マイナージャズサンバグルーヴと隙のないアンサンブルが洪水のようにどっと押し寄せて来ます。8曲目の'Impulso'は、前の曲を引き継いだような高速ジャズサンバチューンですが、こちらは対照的に爽やかなメジャー調。9曲目ではオルガンの演奏が聴けますがこの曲だけちょっと趣を異としています。10曲目、'Enquanto A Tristeza Não Vem'は劇的な展開が特に印象的な楽曲。火のつくようなグルーヴをもったテーマから一気にミディアムテンポにリズムチェンジ。十分に引きつけたところで再びハイテンポなグルーヴが火を吹きます。ミディアムテンポの11曲目'Samba De Negro'がそれに続き、ラストはこちらもエリスの録音で有名な'O Menino Das Laranjas'。エリスの録音は誰もが認める名演ですが、こちらもそれにまったく引けを取らないハイレベルでスリリングな演奏になっています。最後まで気の抜けない切れ味を見せてくれると言えるでしょう。キラーチューン満載です。
しかし、それにしても。20世紀以降のポピュラー音楽のメインストリームの大部分がアメリカ、イギリスを中心として生まれるような状況にあって、このように自分たち独自の音楽シーンを築き上げたブラジル人の創造性には感服せざるを得ませんし、このことほど、音楽的辺境の地にある我々を勇気づけてくれるものはないのではないでしょうか。ジャズサンバムーヴメントは、ブラジル人によるジャズの独自解釈から生まれたものですが、ジャズという音楽を学び、それを事も無げに自分たちのものへと昇華させてしまうあたり、さすがはブラジルというよりほかありません。これぞジャズサンバの聖典。これぞブラジルの秘宝。
(2003.10.15 ver.1.3/2025.02.27)