ジャズサンビスタス
1968
Saravah
ジャズサンバが興隆した1960年代の半ばのブラジルは、音楽的にも政治的にも変動の最中にありました。まず音楽的には、ボッサノヴァのムーヴメントが下火になり代わってElis Reginaに代表されるMPB(Musica Popular Brasileira:ムジカポプラールブラジレイラ )が盛り上がりをみせ始めた時期。ジャズサンバは初期MPBの演奏を支える形で市民権を獲得しますが、程なくしてThe Beatlesに代表される世界的なロックミュージックブームの波に飲み込まれることになるという変革期にありました。政治的には更なる激動の時代。1964年に軍事クーデターが起こると軍事政権の弾圧は音楽シーンにも及び、多くのミュージシャンが投獄されたり国外へ亡命を余儀なくされたりする混乱の時代でした。そのような状況下で、フランスに新たな活動の場を求めたジャズサンビスタがLe Trio Camara(ル・トリオ・カマラ)を結成。彼らは上述Elis Reginaとの共演経験を持つPierre Barouh(ピエール・バルー)が設立したSaravahレーベルに録音を残すことになります。それが本作。
メンバーは、ピアノがFernandó Martins(フェルナンド・マンチンス)、ベースがEdison Lobo(エジソン・ロボ)、そしてドラムがNelson Serra(ネウソン・セーハ)という顔ぶれ。ベースのEdison Loboはブラジル時代、Dom Salvador Trioのメンバーとして活動し、1965年に"Dom Salvador Trio"を録音、さらに翌1966年には"A Turma Do Bon Balanço"というインストアルバムのセッションにも参加しています。また、これ以降も奥さんであるTitaと、Edson e Tita Lobo名義で録音を残すことになります。ドラムのNelson Serraは元Trio 3-Dのメンバー。この人も同バンド名義で1964年に"Tema 3-D"というアルバムを残していることを鑑みるに、Le Trio Camaraはこの録音時点で十分実績をもったミュージシャンが集まってできたバンドであったということがわかります。
1曲目の'Berimbau'はギタリストBaden Powell作曲によるアフロサンバ。Sambalanço Trio、Tamba Trio、Zimbo Trio、Luiz Chaves、Os Ipanemas、Os Cinco-Pados他、ジャズサンバで頻繁に取り上げられたジャズサンバスタンダードといってもよいでしょう。Nelson Serraに至っては同じ曲をTrio 3-Dでも録音しています。左右に振り分けられた打楽器音(タンバリンっぽい?)の不思議な響きと2小節ひとまとまりのバッキングリフによって異様なテンションを醸し出しているAパートから一転、長調に転調するBパートはグルーヴ感溢れる典型的な高速ジャズサンバを展開しています。2コーラス分テーマを演奏した後、Nelson Serraによるタムを中心に構成されたドラムソロを挟み、戻りのテーマ。数ある'Berimbau'の録音の中でもハードな部類に入る熱演です。Edison Loboによる短いベースイントロから始まる'Não Tem Solução'はDorival Caymiのペンによるゆったりとしたバラードナンバー。メロディの動きよりもコードの響きに重きを置いたピアノソロを1コーラス分挟みテーマに戻りますが、戻りテーマにおけるベースのバッキングが非常にリリカルで耳に心地よいです。続く'Bia'はピアノのFernandó Martinsによるオリジナル。再び火を噴くような高速ジャズサンバが聴けますが、演奏自体はピアノソロ1コーラスのみであっさりと終わります。
4曲目の'Nascente'は作曲者であるEdison Loboによるベースのリフとカウンターラインが上手く組み込まれたバラード。特にブレイク部のメロディアスな動きが印象に残ります。5曲目、'Estrada Do Sol'はTom Jobim作曲によるボッサスタンダード。"Dez Anos Depois"でのNara Leóoに代表されるように、しっとりした歌ものという印象がありますが、ここでの演奏はかなりエネルギッシュ。ピアノソロ後のベースソロが特に秀逸で、ジャズサンバベーシストの中でもトップクラスに位置する実力をいかんなく発揮しています。6曲目、'Upa, Neguinho'はElis Reginaのヴォーカルバージョンで有名なEdu Loboによる楽曲。Elis Reginaの印象が強いからか、それ以外の演奏は意外と少なく、Le Trio Camara以外ではRio 65 Trioが演奏を残しているくらいでしょうか。ここではElisのバージョンをはるかに凌ぐテンポで、ゴリゴリの高速ジャズサンバを演奏しています。お約束のドラムによるキメの後、短いベースブレイクを挟み一発もののヴァンプへ。執拗に繰り返されるパーカッシヴなピアノのコードトーンの後ろでリフを中心としたグルーヴィでセンスのあるベースラインを聴かせてくれます。
7曲目、'Feito De Ojação'は作曲家Noel Rosaによるもの。'Não Tem Solução'同様に美しいボッサバラードに仕上がっています。ジャズサンバではこの他Zimbo Trioが金管セクションを伴った"Zimbo Trio+Metais"というアルバムで取り上げていて、こちらもオススメ。'Berimbau'のサビ部分のようなイントロを伴う8曲目の'Cheganca'は先ほどの'Upa, Neguinho'と同じくEdu Lobo作曲による楽曲。オリジナルは"A Música De Edu Lobo Por Edu Lobo"でバックはTamba Trioが担当しています。Le Trio Camaraの演奏はそのオリジナルにはない緩急をつけたアレンジでドラマチックな印象をもたらしています。
ラスト3曲はジャズサンバマニアをうならせる選曲。9曲目、'Muito À Vontade'はJoão Donato作曲。メロディの出だしが'Outra Vez'と似ていると思うのは僕だけでしょうか?ライナーノートでは次の'Noa...Noa'と作曲者のクレジットが逆になっているようですが、おそらく作曲はJoão Donatoの誤りでしょう。João Donatoは同曲をタイトルにした作品を残しています。10曲目、'Noa...Noa'。こちらがSergio Mendesの作曲。Sergio Mendesの他、João Donato、Milton Bananaなどが録音を残しています。本作は比較的ゆったりとしたテンポによる演奏です。出だしがサブドミナントマイナーへの代理コードから始まる難曲ですが、Edson Loboは事も無げにベースソロを展開しています。11曲目、'Samba Novo'はDurval Ferreira作曲のハードコアなジャズサンバスタンダード。Tamba Trio、Conjunto Som4、Walter Wanderley、Geraldo Vesparなど重要なジャズサンバコンボが演奏を残していますが、Sambrasa Trioの演奏は特に必聴といえるもの。しかしLe Trio Camaraのこの演奏はそれに勝るとも劣らないクオリティがあると思います。基本的にこのトリオは早い演奏が好きなのかもしれませんね。
ジャズサンバムーヴメントの最盛期は1964〜1966年頃。そのことを考えると、1968年という時期に異国の地フランスでこのように圧倒的なクオリティを誇るジャズサンバ作品が残されたという事実は、なかなか象徴的であるような気がします。つまり、シーン最後の大きな打ち上げ花火として、本作はジャズサンバムーヴメントを締め括ったように思えてならないのです。そのような意味でも、このアルバムは最重要作のひとつとして挙げられているものだと考えています。
(2010.03.18)