ジャズサンビスタス
+ horn & strings arrangement
1965
Philips
ブラジルポピュラー音楽を象徴するミュージシャン、Elis Regina(エリス・ヘジーナ)。そのキャリア初期を支えたのは、他ならぬジャズサンバのミュージシャンであったということがよくわかる一枚です。バックを務めるトリオは、ハードバッピッシュな演奏では右に出るコンボはいないというRio 65 Trio(ヒオ・セッセンタ・イ・スィンコ・トリオ)。Dom Salvador(ドン・サウヴァドール)、Sérgio Barroso(セルジオ・バローゾ)、Edison Machado(エヂソン・マチャード)といういずれも腕利きのジャズサンビスタです。その超強力なピアノトリオを軸として、曲によってホーンセクション、あるいはストリングを加えたアレンジが施されます。そんなこともあってか、本作の印象はというと、「ゴージャス」の一言に尽きる感アリ。当時のPhilipsレーベル、というかブラジル音楽の粋を集めたような内容といってもいいでしょう。
アルバム一曲目を飾るのは'Reza(祈り)'。Edu Loboによる作曲で、Manfredo Fest Trio、Bossa Jazz Trio、Luiz Carlos Vinhasなどのミュージシャンが実に様々なアレンジで録音を残しているジャズサンバスタンダードです。本作ではストリングス、ホーンセクションを従えた豪華なバッキングですが、Elisの抑制された表現が緊張感を生んでいて意表をつくアルバムの幕開けとなっているように思います。この曲のアレンジはZimbo TrioのベーシストLuiz Chaves(ルイス・シャーヴィス)。このZimbo Trioは『O Fino Da Bossa』というテレビ番組でElisのバックを務めています。
続く2曲目は、'Menino Das Laranjas(オレンジの少年)'。Theo de Barrosによる作曲で、この人は後にHermeto Paschoal、Airto Moreira、Heraldo do Monteと供にQuarteto Novoを結成する人物ですが、彼の作ったこの楽曲こそ、Elis Reginaの初期キャリアを代表する一曲であるといって異存はないでしょう。他のヴォーカリストが歌っているのを聴いたことがないのは、この録音があまりにも強烈だからでしょうか?但し、インスト奏者にはけっこう受けが良くManfredo Fest Trio、Tempo Trioなどが演奏しています。この曲で聴くことのできるトランペット、サックスを従えたクインテット編成によるバッキングはジャズサンバのお手本というべきもの。アレンジを担当したPaulo Moura(パウロ・モウラ)はアメリカのジャズミュージシャンCannonball Adderleyのボッサノヴァレコーディングセッションにも参加したブラジルを代表するサックス奏者です。
ピアノのアルペジオから始まる'Por Um Amor Maior(より大きな愛のために)'は、1曲目と同じくストリングス、ホーンセクションを従えたバッキング。神々しきサンバカンソンといったところでしょうか。Lindolpho Gayaなるアレンジャーの仕事です。
ピアノトリオとホーンセクションによる'João Valentão'は、出だしの性急な高速ジャズサンバから一転、ゆったりとした曲調へとリズムチェンジをします。その後テンポが二転三転する凝ったアレンジはPaulo Mouraによるものだそうです。
再びストリングスを交えた'Maria Do Marahão'はミディアムスローなジャズボッサ。このGayaという人がアレンジするとちょっぴり退屈に感じるのは僕だけでしょうか。
6曲目の'Resolução(結論)'は、冒頭の'Reza'同様、Edu Loboによって作曲された楽曲です。作曲者本人のオリジナルバージョンはTamba Trioを従えてELENCOレーベルに吹き込まれています。ジャズサンバとよく合う楽曲で、Bossa Jazz Trioも素晴らしい演奏を残しています。Paulo Mouraのアレンジ。
'Sou Sem Paz(心やすらかならぬ僕)'はブラジルが誇るジャズ一家Godoy家の長兄、Adylson Godoy(アジウソン・ゴドイ)によって作曲されたジャズサンバスタンダードです。アレンジはLuiz Chaves。本作でバックを務めるRio 65 Trio、Bossa Jazz Trio、Zimbo Trioという、ジャズサンバの名門トリオがこぞって取り上げている知る人ぞ知る名曲。しかし中でもAirto Moreiraを擁した第2期Sansa Trioによる演奏は秀逸といえます。
8曲目は、名ギタリストBaden Pawellが作曲した'Consolação'、'Berimbau'、'Tem Dó'という3曲を使ってのメドレー。7/8拍子のマイナーリフ上で'Consolação'のAメロが歌われ、メジャーに転調するBメロが2/4拍子にリズムチェンジした上で'Berimbau'のものと差し換えられて演奏されます。(この2曲は楽曲の構造がよく似ている)'Berimbau'のBメロが終了するとそのままゆったりとしたテンポで'Tem Dó'に雪崩れ込むという構成は、Paulo Mouraによるアレンジ。特に'Consolação'と'Berimbau'はジャズサンバではかなり録音頻度の高いジャズサンバスタンダード。'Tem Dó'に関してはメジャーな楽曲とは言いがたいもののRio 65 Trioが彼ら自身の1stアルバムで録音しています。
9曲目の'Aleluia'もやはりEdu Loboの作曲。Sambrasa Trioの熱演が印象深い楽曲ですが、Elis Reginaによるこちらのヴォーカルバージョンもなかなかのものです。他にはQuarteto Em Cyなども吹き込んでいます。ちなみにこの曲のアレンジャーは不明。
'Eternidade(永遠)'はAdylson GodoyとLuiz Chavesの共作でアレンジもLuiz Chaves本人が行っています。ストリングス入りのサンバカンソンといった内容で、Edison Machadoのドラミングでかろうじて退屈を避けているという印象です。
'Preciso Aprender A Ser Só'はMarcos Valle作曲によるボッサバラード。邦題は『一人でいることを学ばなくちゃ』。またしてもアレンジャーは不明なのですが、Elis Reginaはライヴ盤"Dois Na Bossa"でもこの曲を録音していいて、本作はそのアレンジをかなりの程度、踏襲しているようです。
アルバムのラストを飾るのは、その名も'Último Canto(最後の歌)'。出だしのメロディが米国のジャズスタンダード'Beautiful Love'を彷彿とさせるミディアムボッサです。この退屈さは・・、やはりGayaのアレンジが成せる業。
CD盤にはボーナストラックとして'Arrastão'が追加されています。邦題は『地引き網』。2拍3連で下降していくサビのメロディが印象的な楽曲です。第1回ブラジリアンポピュラーミュージックフェスティバルにおいて、Elis Reginaが同曲を歌って見事優勝。この曲はEdu Loboの出世作であると同時に、Elis Reginaがヴォーカリストとしてブレイクする契機となった楽曲でもあるのです。
さて、一部の曲が冗長なサンバカンソンとなってはいるものの、Elis Regina、そしてRio 65 Trioという奇跡の共演だけでもジャズサンバマニアにとっては必聴盤であるといえるでしょう。あるいはヴォーカルものジャズサンバの代表作という見方もできるでしょうか。『サンバ、あたしゃこう歌う』というような意味のアルバムタイトルですが、Elis Reginaはこのようにジャズサンバをバックにして歌ったというわけです。
(2010.06.29)